
マニラは緑は少ないと想っていませんか? 「マニラでは樹々が生い茂らない?」そんなことはありません。私が最近ハマってる地帯は、大きな樹々のある通り。奇麗な店が建ち並びます。
「どこだ?」ですか? ややっこしいお方に跋扈されても厄介です。実はすでにヒントは書いてあるんですよ。おちおち書いていきましょう。
タイに行った時屋台で食事をしました。
野菜が多いというのと、料理を間近でつくってもらえるというのは、こうも食事を豊かにするのかと感心させられてしまいました。
餅や粥や鍋料理。冬は緑の野菜が凍結しないようにムロ(土を掘って地下壕のような雪ノ下の食料保管場所)で保管したり、新聞紙に包んで乾燥から防ぐ。秋口に干して乾燥野菜をつくる。などの知恵が日本にはあったわけです。

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ところが保管技術や生産技術の進歩です。いつしか国内で農産物が生産されずに、海外からの新鮮野菜が店頭に並びます。
黄緑野菜を保管する知恵もいつからか受け継がれずに、生産コストに見合わない豊作だからと、キャベツが投棄されています。
昔教わった『エンゲル係数』食費に費やす生活費の割合が多いほど貧しい人。
昨今は、食事にお金をかけれるのは、豊かな人なのかも知れません。
『フィリピン人は野菜を好まないという話』を聞きます。
実際は、野菜より肉の方が高価なわけですから、貧しいほど野菜を食べる機会が多いわけです。子供の頃に野菜を食べさせられすぎて、野菜嫌いになったという話しも聞きます。

問題は調理法。野菜を使った料理や調理をご存じない。
私の知っている女性で、野菜はナマで食べるものと思っている人もいます。
野菜を刻んでマヨネーズやドレッシングをかけるだけ。それ以外は茹でるだけ。精々そんなものです。
「これ私の作ったサラダなの…………」
野菜や果物を刻んで、手製のドレッシングをかけただけなのですが、実にこれが不味い。「自分で味見したの?」と言いたくなるくらい不味いんです。
そうすると普段「日本食が好き」なんて言ってたけれど、何の何処が旨いと想っているのか疑わしくなります。『旨い』に共通性が見いだせなくなります。日々拷問! 手料理に期待しなけりゃすむことです。

食というのは体験です。そして経験的に知りえた方法や親のやっていたことを見様見まねでやってみます。親が料理が得意でないという娘も料理は得意でない場合が多いわけです。
親が得意でも『食』に興味が無ければ無理なのかな?
もてなすこと。「喜んで欲しい人に悦んでもらいたい」そんな気持ちが無ければ無理なんでしょうかね?

「自分の関わりのある娘は、夜は悦ばせてくれるのでそれでいい」ですか?
結構なことです。自分自身が食に興味が無いという人はそれで満足。
それはたいへん良いことです。
『知恵の悲しみ」ということがあります。
うまい料理や調理法を知ったために、なかなか旨いものに巡り会わなくなるということです。

野菜嫌いの娘は、どんな野菜料理を家族で作るのでしょう?
肉嫌いの娘は、どのような焼き加減とするのでしょう?
まぁ〜 『ジョリビー』も『ケンタ』も『マクド』も『チョウキン』もあります。最近は『コンビニ』も…………。心配することはありません。
自分自身が『食』に興味の無いひとに、『食』で悦ばせようとする友人も女性も生まれないものです。
料理のしない女性は、財布に開いた大きな穴。
穴が多くて喜ばしいことです。

「どこだ?」ですか? ややっこしいお方に跋扈されても厄介です。実はすでにヒントは書いてあるんですよ。おちおち書いていきましょう。
タイに行った時屋台で食事をしました。
野菜が多いというのと、料理を間近でつくってもらえるというのは、こうも食事を豊かにするのかと感心させられてしまいました。
餅や粥や鍋料理。冬は緑の野菜が凍結しないようにムロ(土を掘って地下壕のような雪ノ下の食料保管場所)で保管したり、新聞紙に包んで乾燥から防ぐ。秋口に干して乾燥野菜をつくる。などの知恵が日本にはあったわけです。

ところが保管技術や生産技術の進歩です。いつしか国内で農産物が生産されずに、海外からの新鮮野菜が店頭に並びます。
黄緑野菜を保管する知恵もいつからか受け継がれずに、生産コストに見合わない豊作だからと、キャベツが投棄されています。
昔教わった『エンゲル係数』食費に費やす生活費の割合が多いほど貧しい人。
昨今は、食事にお金をかけれるのは、豊かな人なのかも知れません。
『フィリピン人は野菜を好まないという話』を聞きます。
実際は、野菜より肉の方が高価なわけですから、貧しいほど野菜を食べる機会が多いわけです。子供の頃に野菜を食べさせられすぎて、野菜嫌いになったという話しも聞きます。

問題は調理法。野菜を使った料理や調理をご存じない。
私の知っている女性で、野菜はナマで食べるものと思っている人もいます。
野菜を刻んでマヨネーズやドレッシングをかけるだけ。それ以外は茹でるだけ。精々そんなものです。
「これ私の作ったサラダなの…………」
野菜や果物を刻んで、手製のドレッシングをかけただけなのですが、実にこれが不味い。「自分で味見したの?」と言いたくなるくらい不味いんです。
そうすると普段「日本食が好き」なんて言ってたけれど、何の何処が旨いと想っているのか疑わしくなります。『旨い』に共通性が見いだせなくなります。日々拷問! 手料理に期待しなけりゃすむことです。

食というのは体験です。そして経験的に知りえた方法や親のやっていたことを見様見まねでやってみます。親が料理が得意でないという娘も料理は得意でない場合が多いわけです。
親が得意でも『食』に興味が無ければ無理なのかな?
もてなすこと。「喜んで欲しい人に悦んでもらいたい」そんな気持ちが無ければ無理なんでしょうかね?

「自分の関わりのある娘は、夜は悦ばせてくれるのでそれでいい」ですか?
結構なことです。自分自身が食に興味が無いという人はそれで満足。
それはたいへん良いことです。
『知恵の悲しみ」ということがあります。
うまい料理や調理法を知ったために、なかなか旨いものに巡り会わなくなるということです。

野菜嫌いの娘は、どんな野菜料理を家族で作るのでしょう?
肉嫌いの娘は、どのような焼き加減とするのでしょう?
まぁ〜 『ジョリビー』も『ケンタ』も『マクド』も『チョウキン』もあります。最近は『コンビニ』も…………。心配することはありません。
自分自身が『食』に興味の無いひとに、『食』で悦ばせようとする友人も女性も生まれないものです。
料理のしない女性は、財布に開いた大きな穴。
穴が多くて喜ばしいことです。

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