


いつもの焼き肉ソウルの冷麺です。
「な〜んだ」でしょう?
確かに冷麺自体は、そば粉をつかったコリアン料理。何の変哲もありません。
ところがこの冷麺。一人前を2つに分けてもらったのです。
「いやいや。こちらからお願いしたものではありません。」
「注文したら、一つを2つに分けるのですか?」と尋ねられたのです。
「そりゃ〜 そうしていただければ………………」です。
これがフィリピン。
フィリピン家庭生活の中で育まれた習慣、作法。
一つ鍋を囲んで、皿に取り分けて一同皆で食する行儀。
日本の今の家庭には、高度成長期に洋風エコ住宅で消えて行った習慣です。
大体にして近年は、父親の帰宅を待って夕食を食べることもなくなり、朝父親の頂くのを待って「頂きます」も無くなってしまいました。
家族一堂に会して同時に食事をとる光景が、子供の幼少期の一時を除いて消えて行きました。
それ以外にも、日本料理店なら「なんで一杯の冷麺(販売商品)を、同じ値段で2つの容器に分けるなどと手間をかけてやる必要があるんだ! 器が2つなら手間も倍洗い物も倍。皿を渡して勝手にやらせい」ということでしょう。
ところがフィリピン料飲店やコリアン料理店では、何の苦もなく一つの料理を同じ料金で、見ての通り2つの器に、半切りのゆで卵はさらに半分に切って、分けられないものはもう一つ追加して、スープも足して出してくれるのです。
これがフィリピン。フィリピン的常識。
これにつけ込んじゃいけませんけどね。『たしなみ』です。
街を歩いていて買って来た果物を「これ皮を剥いてくれる」などとお願いすると、皮を剥いて皿にのせて出してくれます。
食して、「これで失礼!」しても何も言われない。
いわれないのですが日本人としては気が引けて、半分は「みんなで食べて」で置いて来るとか、いつもは置かない釣り銭を置いて来るとかはするのですがね、しかし苦でもなく、加えて「チップよこしな」「別途料金」などと言われること無く、難なくやってくれるのです。
これはフィリピン料理店では当たり前にしても、フィリピンにあるコリア料理店の主人が「余計なことをするな」とフィリピン従業員を叱りつけることも無ければ、「それはそうでしょう」のような対応には、コリア、フィリピンに共通する食のたしなみ。食の提供者としての同じたしなみを感じるのです。
とらえ返せば、フィリピンとコリアに共通することは幾らでもあります。
キリスト教信者が多いという宗教上のこと。同一民族間での内戦や対立状態にあること。貧富の差と階級対立など………………多くの共通、類似環境があります。
食べ物だって、豚の血を使った料理。フィリピンではディノグアン。
コリアでは、豚の血、ニンニク、そば粉、唐辛子を混ぜて腸詰めの『スエ』のほか、血を使ったスープもあります。
キムチ造に使う、アミの塩辛はバゴオン。魚醤たるハソンジョンはパティス。
フィリピンの人々が、キムチを抵抗無く食す背景には、共通する食材、調味料、味、味覚があると考えています。
近年日本のコリアブーム。
大阪ー鶴橋、生野コリアタウン。日本人で賑わいます。
そしてそこに立ち入った日本人は、一同に「懐かしい」と言います。
昔の日本がそこにあるからです。
フィリピンとコリア。昔の日本。そんな角度からフィリピンを眺めてみるのも面白いかもしれません。

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